2013年10月23日水曜日

折り目統一理論

最近やばい
何がやばいって、調子が悪いとかじゃなくって、単純にかいてないのがヤバイ。
明日は描こう、明日は描こうって思ってなかなか描けない。
体力がないんだね。

いきなり走る続けるのが無理なように、少しずつ走れるようになっていくしかないのかも。
5-6時間描こうって思っても全然ダメだから。息切れする。
以前は全く苦にもならなかったのに、ここのところ、絵を描いている時間がどんどん短くなってきていて、体力が落ちてきたのかも。

今日も、明日は絶対描く・・って思って布団に入ったけど。
やっぱり30分だけ描こうと思って起きた。
今日30分は絶対に机に向って描く。それで、明日は1時間描こう、どうしても無理なら1分でいいから、時間を増やしていこうって思って。
そうやって少しずつ集中して書ける時間を増やしていこう。


二つはちょっとだけゆっくり描いた。だけど、今みなおしたら、論外な間違い方してる。
描いているときも上手くいかないなって迷ったんだけど。左右対称のポーズの時に、パースのラインが見えておらず、左右対称になってない。
肘が顔の前にでているという前提にすると、位置もおかしいしな。
まぁ、こういうのは絵が上手いひとなら絶対にしないようなミスなんだろうな・・・。

体の部分的な形が分からないとかなら救えるんだけど。適当に〇とか△とかを画面に配置するのだって、思い通りにはいかないから。
そうい練習から始めるべきだったのかもしれませんが。〇とか△とかを自由に配置できる意味は分かりません。
パースっていうけどさ。パースって一言で片付けられるほど簡単な言葉なんだろうか。

絵の描き方、教え方って、そういう批判は数多くしてきましたが、一言では無理でしょ。




「このブログに記述される僕の言葉が、日本語としても機能するはずだ」という確信をしてしまっています。

折り目統一理論

で、最近はちょっと思うことがあるんだ。
折り目な。
線画ってのは、折り目がすごく重要になるとおもうんだけど、そこに今まであんまり気が付かなかった。シルエットが重要だってのは結構前から気付いたんだけど、この折り目も2番目ぐらいに重要だ。シルエットが1次元だとしたら、折り目でついに2次元目に入るから。
シルエットを除外したら、その折り目が1次元目だからな。
で、この折り目のつき方がどうなるかってのがそうとう難しい。いや、だけど感じれば簡単なんだ。
つまり、いつも手本を引っ張り出さなきゃならない状態を避けるなら、覚える必要があるってこと。
そこに法則性のようなものが見つかれば、きっとどんどん吸収していけると思わない?

これはあってるかどうか分からないことなんだけどね。

ほとんどのモノが、超記号化すると、立方体になるってことは知られている。そこまで構造物らしいモチーフは、なかなか見つからないんだけど。それでも、立方体のシルエットも描けないし、折り目もつけられないってことは、絵描きにとって、致命的なこともかも知れないな。

ただ重要なのは、立方体のシルエットで、もっとも難しいのは、アイレベルを統一することにある。折り目自体は、そこまでは難しいものではないんだ。アイレベルを統一するってことと、シルエットが描けるってことが出来ていればだけどな。
立方体というよりも、何かのシルエットを描こうとする時に、もっとも重要になる概念がアイレベルってことだ。アイレベルがずれているので、シルエットもおかしいって現象がでてくる。
つまり、シルエットのどこかがおかしいと感じたら、かならず統一されていないアイレベルがあるってことなんだ。
シルエットを描く時に難しいのは、決して線を引くことなんかではないってことだな。


絵を学ぶときに、パースが大事だからといわれても、それを学ぶ気になれるもんじゃないが、パースの中で重要なことだけは、是非とも知っておきたいと感じるだろう。しかし、絵を教えてくれる人が必ずしも、その重要な部分を抽出できるとは限らない。むしろ、出来ないので、パースが大事だといって突き放してしまうんだろう。

折り目の重要性と、難しさを説明することは、なかなか困難に思える。
誰もが間違えないと思って見落とすし、難しいとも思えないからだ。
しかし、100発100中で折り目を間違えないってことは、おそらく誰にも不可能なことだと思う。
間違えたことを理解できれば何も問題はないけどね。
間違いに気付かない、間違いをどう修正すればいいかわからない、そういう時に折り目が違うかも知れないと、思うことすら出来ないのは悲しいことだろうね。
そこで、パースは正しいのか? と見直してみるように、折り目が正しいかどうかを見直せるやつになりたいだろってこと。

シルエットと折り目を同列に語れないのは、シルエットが総合性を表すのに対し、折り目が局所的だからではない。
シルエットの方が重要であるのは、折り目が単に、シルエットの中にのみ存在するという理由があるからだ。シルエットも折り目も、全体を明らかにする要因のひとつだから、シルエットの次点に大切だと思うよ。
また、シルエットを描く技術なくして、折り目を描くことはできないだろうね。なぜならば、折り目は、ある意味でシルエットと同議であり、同じ技術を使うものなんだからね。


左上に描いたものは、折り目の基本形だ。
形あるものの基本を、立方体で捕らえることが出来るように、折り目も、形あるものの中に現れるようだ。

それから、いくつかのイラストを参考にして、折り目がどのように応用されているかを描いてみた。
中でも赤で囲んだものは、最も折り目の技術が重宝されるところ。
青で囲んだところは、顕著に、折り目の特性が現れると思ったところだ。

以前ブログで、円柱に描かれる線が、何を表しているのか、という記事を描いたが、そこでは上手く説明する知恵がなかったので、明らかにしなかった。今折り目という言葉を発明したので、簡単にいえる。まさに円柱には折り目が描かれていたんだってね。


折り目について熱心に話したが、そもそも、折り目がどのぐらい応用のきく技術かってことが大事に思うね。それには、僕も実のところはよくわからない。折り目の発見はまさに今したばかりだから。
いや、うすうす以前から、何かひっかかるものはあったと感じていたが、完全にひとつの理論としての道筋が開けたというのは今だから。
分からないことばかり。まだ検証していない部分の方が多いかもね。

例えばこれから研究してみたいと思うのは。
折り目は、いつも決まって、おなじような規則性を持って、表れるか、ということだ。
折り目が現れる立方体は基本形と説明したが、いつも決まって、同じ折り目をつけるんだ。
これは、同じシルエットのときには、必ず、同じ折り目がついているって意味だぞ。
そこで、立方体がそもそもモノの基本的な構造物のひとつであり、応用可能なモチーフであるならば、この立方体のシルエットはもとより、内在する折り目自体も、応用可能であるはずだ、と考えたわけだ。

また、パッと今日の思いつきで、折り目といっているんだけど、そもそも定義があいまいなので、それもはっきりさせたい。なので説明には絵を描くほかにないのが気がかりだな。
というのは、折り目ってことを、コレっていうふうに、指で示すことはできるが、それ以外の説明の方法、特に文字で表現する方法に困っているところだから。
それに、どうしてそこに折り目が表れるかってことだって、分かっていないからな……。


だけど、図形が複雑になるほど、シルエットは力を失うが、折り目は力を増すよ。





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