2013年5月14日火曜日

84日目 発声

84日目

数えてみたら、絵を描いてる日数は84日なんだけど91回目の投稿なんですけど……
本当に口ばっかり達者なんだから。

サボってる日含めて91日目なのかな? 明日は3か月記念です。
はじめの1ヶ月は濃厚でした。この一ヶ月はかなり早く感じました……。


ウォーミングアップで縦横のグリッドを引くのは今日までです。
これからは消失点に集まる線を引きたいと思います。今決めました。




立体に影をつける

影をつけることで、より立体への理解を深めることが出来ると思います。
これは当たり前ですけど、それ以上の発見がありました。

デッサンなんかでは、ものの形にそって、その輪郭の方向にストロークして影を入れるらしいんですけど。それってどうなのって内心思ってたんですよね。
いやはや、これが、すごい手法なんだなと関心しました。。

というのは、その立体をなぞるという行為だからです。
これを考えた人は本当にすごいですね。
たぶん、写実という技術を大きく発展させたのが、この影のつけ方だと思います。

デッサンで言われている影のつけかた。
それが真に写実的なのかとか、それが見栄えがいいのかとか、まるで関係ないことだったんです。
そのデッサンでは見たものを自分の内に秘めることが出来ますし、それがデッサンの真意だからです。


ああ、わかってねぇなぁ・・・。

私は今まで絵を描いてこなかったと思います……。
そしてこの日から絵を描き始めたのだと……。

赤ちゃんが生きるような、そんな絵の描き方をしてたんですね。
赤ちゃん馬鹿にしてんのかってことですけどね。
今、ようやくこれで、言葉を発することが出来るようになるんじゃないかと。そんな感じです。そんな予感。
考え方ってこんなに変わるものなんでしょうか……。
書ききれないぐらい変わったかもしれません。
色々やってきたつもりだったけど。
何もやっていなかったんだと。
これは昨日からうすうす気が付いていたことですけど。





昨日パースについて考えるきっかけがあって。そこからずいぶん考え方が変わってるかもしれません。

というかやっぱり理論的に考えたいんですよね。
私は理論から絵を始めようと思って、しばらくたった時に、それは大きな間違いであったと気付いたんですよね。というのは、理論とは、何もないところに生まれという推察からなんですよね。
私の経験を理論に返すことはできても。理論は私自身の経験には、何の足しにもならないだろうと思ったんです。

私が昔哲学にはまっていて、経験則についてひたすら考えていたときに、たどりついた結論があったのですが、絵を描く時にはそれを忘れていたのです。
そして、理論的に描かれる絵を見て、感銘を受けまして、絵を描くのに、理論から入ろうとして、それは間違っていると気が付きました。そこには圧倒的に経験が足りていなかったからです。

私はそれから一心不乱に経験することだけを求め続けたつもりでした。
その結果、経験を理論に返すことをまるで考えてこなかったと言うわけです。

パースは、極めて理論的に絵を評価する技術です。
パースに触れ、絵が理論的に語られることの面白さ。
また理論的に語る喜びを思い出すことができました。





(今日の)絶対量が少ないからという理由で30秒ドローイングするのは間違っている気がしますが。それもやらないいいんでしょう。
安心して眠れるのでしたら、それだけでやる価値はあると思いますし。

とにかく数をこなしたいという思いが強いんですよね。
そういう時に、たまたま挑戦したパースグリッドなんかに、思ってた以上に時間がかかってしまうと焦ります。
その焦りを抑えてくれるのが30秒ドローイング。

15秒ドローイングとあわせて3枚ぐらい描きました。






画角45度~60度に表れるグリッドを叩き込みたいです。

消失点の向こう側のグリッドを見ると、頭に4次元や5次元のイメージがわきます。
4点透視の、もっともっと上の方を想像します。
すると下のパースは、ずっとずっと上にある立体にどんな影響を与えてるだろうかと。




パースグリッドに3時間ぐらいかかったからまともな絵がひとつもかけませんでした。

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